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2008.12.12産経新聞


      元駐タイ大使・岡崎久彦 

 ≪「平和協定」気配もなし≫

 台湾の総統選挙から半年以上がたった。

 8年ぶりの国民党支配、李登輝時代を含めると実に20年ぶりの大陸系勢力の復権であり、誰も先行きが見えず息を殺して見守ってきた。特にオリンピックによって縛られていた中国の手が自由になる2008年夏以降どうなるのか、それが心配された。

 しかし、何事も起こっていない。平和協定交渉が始まる気配もない。むしろ、平和協定の条件は台湾海峡対岸のミサイル撤去であるという選挙中の馬英九(現総統)発言がいまなお引用されている。

 何がそうさせたのか。一つは、台湾人意識がもはや不可逆的となったことが認識されたことにあると思う。

 国民党政権は、成立早々『台湾郵政』を『中華郵政』に改名したりした。しかし、それが、台湾国民の反発を買うことに気づくのにそう時間を要しなかった。両岸交流もしばしば反対デモを招いている。そうしたことが馬政権の支持率急落の一因となっているらしい。

 日本との関係も、就任早々の尖閣事件以降は一転して宥和姿勢である。馬総統は「台日特別パートナーシップ」を提案し、国家安全会議は、台日関係を「米英関係に似た特別な関係」と呼んでいる。親日的態度が台湾人の好感を呼ぶことも、分かってきたのであろう。長く政権から遠ざかった国民党としては、ここに至るまでに試行錯誤の時間を必要としたようである。

 最大の問題は中国の態度であるが、中国はまだ対台湾戦略を持てずに対応に苦慮していると思われる。

 総統選挙までは、中国には民進党政権打倒という明確な政策目標があり、対米外交を含めすべての努力をそれに傾注してきたが、今となると、その成功の果実をいかに収穫して良いか分からないらしい。

 ≪宥和的相手は苦手な国柄≫

 台湾は国際機関への加盟を熱望している。しかし、もし中国が馬政権にこれを許すと将来の後継政権にもこれを与えなければならない。馬政権も、中国に遠慮して、オブザーバーなどの形での加盟を申請している。だが中国側にとっては、それが将来の統一に向かっての第一歩である保障はなく、むしろ一つの中国の原則のなし崩し的解消となる可能性もあり、対応に迷っている状況のようである。

 帝国主義的意図を持つ国にとって穏健、宥和的な相手は苦手である。チベットのダライ・ラマの穏健姿勢が国際社会の同情を集めているのは中国にとっては迷惑であろう。

 中国の真の意図はチベットの漢化政策であり、むしろダライ・ラマ死後のチベット人が急進化するのを待って徹底的な弾圧を企図しているのではないかと思われる。

 台湾問題では、独立を標榜(ひょうぼう)していた民進党時代は、中国による武力行使または脅迫に対して、アメリカが動かないことを期待(私は幻想と思うが)できた。しかし、台湾の挑発がないのに、自由民主主義体制の台湾に中国が手をつければアメリカ世論、議会の強烈な反発があることは避け難い。あとは、経済関係の緊密化による自ずからなる統一を期待する政策しかないが、それは他面、政治軍事的に何もしないということである。

 ≪1国2制度も可能性低い≫

 国民党政権の任期はこれから3年ある。2010年の上海万博後の情勢は予断を許さず、手放しの楽観は許されないが、今後、中国が手をこまねいて3年間を無為に過ごす可能性も出てきた。

 となると唯一の危険は、国民党政権が平和的交渉によって、何らかの形で、香港的な一国二制度を受けいれる可能性だけとなる。しかし、私が国民党関係者と会った乏しい経験ではその可能性も少ないようである。台湾は自由で民主的な法治社会であり、豊かで安全である。それなのに、共産党一党独裁で、社会にまだまだ後進性を残している中国本土の下風(かふう)に立とうなどと考えている人は少ない。

 何か動機があるとすれば、大陸系人士が今後も利権を独占し続けたいということだけであるが、それは道徳的正当性に欠け、政治目標たり得ない。それも、国民党政権は既に今回の短い経験から学びつつあるようである。

 そう考えれば、今回の国民党政権の出現は長期的には台湾の将来にとって良いことだったかもしれない。民進党は、台湾人意識だけで政権は維持できるものでなく、政権が長く続けば多少のスキャンダルは避け難く、民心が倦(う)むこともある、という民主主義の原則を学んだ。

 そして、国民党は、台湾人意識つまり民族自決、と自由民主主義の原則は抜き難いものがあり、これに適応する以外は国民党といえども生き延びることはできないことを政権獲得後に学んだといえる。(おかざき ひさひこ)

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