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産経新聞 2009年7月14日

          中国軍事専門家・平松茂雄 


 ≪日本側の中間線を認めぬ≫

 昨年6月19日、東シナ海ガス田開発で日中合意が成立したが、それから1年を経ているのに何の進展もないとのニュースが、本紙を含めた各紙で報じられた。

 交渉の契機は、日本が権利を持つ東シナ海大陸棚で、中国が許可を得ることなく開発を進めていることに日本側が抗議し、共同開発を提案したことにあった。

 合意内容は、(1)中間線から日本側にある石油資源が「吸い取られる」危険性のある「春暁」(日本名「白樺」)について「完全に中国の主権の範囲内にあり、共同開発とは無関係」との中国側の立場を日本政府は受け入れ、「中国の法律に従って」開発に出資し、配分を受ける(2)「龍井」(同「翌檜」)の南側海域で、中間線を跨(また)ぐ鉱区での共同開発は調査・試掘が実施される?である。

 ところが中国は日本政府の「中間線」を認めず、「大陸棚自然延長」の立場に立って、東シナ海の大陸棚の権利を主張する。日本と共同で開発する必要はない、日本が希望するならば参加しても良い、という立場である。

 蛇足ながら、春暁は共同開発ではなく、日本の出資である。東シナ海の平湖ではこれまでテキサコが、天外天ではブリティッシュ・ダッチ・シェルとユノカルが交渉を進め、参入を断念している。中国側の条件が相当に厳しいと推測され、春暁もそれ以上に厳しい条件と覚悟する必要がある。

 ≪軍事戦略と不可分の開発≫

 合意が成立して1カ月後に、春暁ガス田群(天外天の処理施設と天外天、春暁、残雪、断橋の4カ所の採掘施設)の中心である天外天で、新しい採掘用パイプを打ち込む工事が始まった。天外天は05年に稼働しているから、採掘が進み、採掘パイプが増設されたのである。日本政府は、日中合意に違反していると何度も抗議したものの無視された経緯が半年後の本年1月、本紙で報じられた。「合意文書には天外天の名は書き入れられていないから、合意には拘束されない」というのが中国側の立場である。日本政府の手抜かりといわざるを得ない。

 来年の上海万国博覧会開催を控える中国は、日本との無用の摩擦は避けたいところだろう。しかし春暁の採掘施設は、中国にとっては「日中中間線」を認めていないことを示すシンボルである。手を引くことはない。しかも天外天より中国寄りの平湖に八角亭という採掘施設が数年前に加わり、天外天も採掘パイプが増設された。東シナ海での中国の石油開発は順調に進展しており、上海万博が終われば本格化すると推定される。

 東シナ海の石油資源開発は、単なる資源開発にとどまる問題ではなく、中国の海洋戦略と不可分の関係にある。天外天の開発が具体化するとともに、中国海軍の艦艇が周辺海域を哨戒するようになった。中国空軍の偵察機が周辺空域ばかりか、わが国の防空識別圏に侵入するようにもなっている。

 平湖、天外天の石油施設は東シナ海のほぼ中央に位置する。上海からこの海域を南下すると、沖縄本島と宮古島の間の海域を通って、西太平洋のわが国最南端の領土、沖ノ鳥島の西に達する。また南シナ海の海南島から真東に進んで、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通ると西太平洋、沖ノ鳥島近くの海域に出る。その東南に米軍基地グアムがある。

 中国はこの海域に進出することにより、わが国の沖縄・先島諸島から台湾にいたる島嶼(とうしょ)と周辺海域を支配下に収めることを意図している。昨年の北京五輪を経て来年の上海万博が終了すれば、中国の戦略目標は「台湾の統一」に向けられることは間違いないだろう。

 ≪日本は周辺海域の備えを≫

 それに対し、わが国の東シナ海海域における防衛態勢は驚くほど貧弱である。陸上自衛隊は那覇に一個混成団約1900人がいるだけだ。与那国島に陸自部隊配置が検討されているが、現在、東シナ海の多くの島々に、陸上部隊は駐屯していない。空自はすでに次期戦闘機の機種選定段階にあるというのに、退役が迫っているF?15戦闘機を昨年秋、ようやく那覇に配備したにすぎない。最前線であるはずの沖縄の空軍基地は最も遅れた空軍基地であった。海上自衛隊は那覇に対潜哨戒機、勝連に掃海艇の基地があるだけだ。

 現在、防衛大綱の見直しが進んでいる。昨年8月の本欄で触れたが、大綱見直しには、冷戦時代の本土防衛態勢から海洋戦略への思い切った転換が必要であることを再度、強調したい。具体的には、着・上陸侵略への対処という時代にそぐわない陸上部隊の改編だけでなく、陸上部隊の数を大幅削減し、北海道に重点を置く部隊配備を全面的に改める。かわりに陸上部隊を離島に配備するとともに、小規模でも海上、航空両部隊と統合作戦できる機動力のある部隊を編成することである。

 何よりも、隣国に気兼ねすることなく、周辺海域とその上空を防衛する海上・防空戦力の思い切った拡充を断行する決断が、日本政府の喫緊の課題である。(ひらまつ しげお)

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