傳  田   晴 久
1.      はじめに

台南で時々夕食をとる牛肉麺や餃子を食べさせる店でビールを飲み、一杯機嫌での帰途、お茶菓子などを売る店の前を通りかかるとガラスの瓶に入った鮮やかな緑色の食品が目に入った。店の奥の方であり、それが何か良く解らなかったが、とっさに思ったのは、ひょっとして「あれかもしれない」。酔った勢いもあり、つかつかとその店に入っていき、緑の物体を確かめようとした。お店のおかみさんが出てきたので尋ねた、これは「恋人フルーツ」か?

2.      「恋人フルーツ」とは

台湾は今芒果のシーズン、我々がよく知っているのは赤い大きな愛文芒果(アップルマンゴー)ですが、これは品種改良の結果生まれたもので、在来種の「土芒果(トマンゴー)」とフロリダ産の芒果を掛け合わせたものと言います。

土芒果は長軸が7~8センチ、径4~5センチのラグビーボールのような格好で、緑色をしていますが、その皮をむいて細く切り、塩水に10分ほど漬け、その後砂糖をたっぷり入れて漬けたものが「恋人フルーツ」(情人果)で、冷やして食べると、甘酸っぱい味で大変美味しいと言います。

昔、「玉井マンゴー物語」という絵本の翻訳をお手伝いしたことがありますが、その本の中に「恋人フルーツ」の紹介がありまして、いつか食べてみたいと思っておりました。
お店のおかみさんは「これは芒果青(マンゴチン)です」という。台湾語の先生は、若者に聞いたら「情人果(チンレングオ)」というようであるが、我々(年寄り)年代は「檨仔青(ソアイ・ア・チエ)」(soaiN7-a-chheN1)と呼んでいますとのこと。
日本の飲料水カルピスは「初恋の味」で売り出しましたが、「恋」は甘酸っぱいもののようですね、私にはよく解りませんが・・・・。

3.      「玉井」とは

六月初旬、荘惠雅さんに芒果の郷「玉井」に連れて行っていただいた。荘さんは3、4年前日本語の論文作成を介して知り合った方で、その後日本に留学され、5月初めに帰国されたばかりです。台南市から荘さん運転する車で一時間ほど行ったところで赤い芒果を形造った巨大なオブジェが迎えてくれました。ここは「芒果の郷」玉井です。日本語のような名前ですが、日本統治時代、原住民の言葉で「タパニー」と言ったそうですが、抗日反乱の「西来庵事件」後、住民慰撫の意味を込めて「玉井」と改名したとのこと。

前出の「玉井マンゴー物語」(張良澤先生翻訳)によりますと、マンゴーは夏特有の果物で400年前にオランダ人が初めて台湾に導入したもので、これが在来種マンゴーだそうです。1961年、鄭罕池
(テイカンチ)さんがフロリダ産の愛文(Irwin)マンゴーの苗木を植え
たが、寒害などで大変な苦労をしながらも、4年後に開花、結実に成功、俗称「リンゴマンゴー」は台湾の大地、ここ玉井に根を下ろしました。鄭さんのお蔭で玉井はマンゴーの故郷になりました。

マンゴーはその後いろいろな人々の努力によって、品種改良が進みました。たとえば、高雄県在住の黄金煌(コウキンコウ)さんは凱特種(ケイトしゅ)の花粉を懐特種(ホワイトしゅ)の花柱に交配させて金煌マンゴーを生み出しました。このマンゴーは大きく、長軸が20cm、重さは2kgもあり、非常に甘いと言います。また、嘉義県在住の張銘顕(チョウメイケン)さんは懐特種の花粉を愛文種(アイブンしゅ)の花柱に交配させて、四季マンゴーという新種開発に成功しました。

これは一年四季ともに開花し、結実すると言います。しかも害虫に強く、貯蔵にも、輸送にも耐えうる優れた性質を持っています。

玉井は「芒果の郷」として有名ですが、そのほかに日本統治時代に発生した最後の大規模武装抗日事件である「西来庵事件」とか「タパニー事件」と呼ばれる大規模反乱の地でもあります。

4.      西来庵事件

1915年、タパニー(現・台南県玉井郷)にて大規模な武装蜂起が勃発した。首謀者は余清芳で「大明慈悲国」を建国する企てで、暴動はほぼ台湾全域に及んだが、六代目総督安藤貞美によって鎮圧された。この事件による日本人死者は95人に上った。1957人が逮捕され、866名に死刑判決が下されたが、あまりに多いので、日本人死者と同数の95人を処刑し、他は大正天皇の即位式の恩赦により、無期刑に減刑された。

「抗日烈士余清芳紀念碑」で背後の碑文中に「日本の占領時期、本省の同胞は民族の大義に基づき干戈を執り、郷土を防衛するために屍を乗り越え乗り越え(前仆後繼)戦ったが、40数回の戦いのうち最も激烈にして犠牲最多の戦いは余清芳烈士率いるこのタパニー抗日事件である」と書かれています。

伊藤潔著の「台湾」によれば、「この西来庵事件を境に、台湾人の大規模な武力抵抗は終息した。そして新たなる抵抗である合法的な政治運動が展開されていく」のです。

5.      青果市場

玉井は「芒果の郷」と称していますが、青果市場を覗きましたら、土芒果、愛文芒果、金煌芒果などが山のように積んであり、その他パイナップル、バナナ、パパイアなどなど、いろいろありました。吃驚したのは「菱角」を売っている店がありました。この「菱角」というのは黒っぽい水牛の角のような格好をした、クリのような味のする植物(菱の実)ですが、秋、冬の物と思っていましたので、売り子に聞くと夏もあるのだそうです。菱角はあの元総統陳水扁氏の里、官田(玉井から10㎞ほどの所)の
特産だそうです。

青果市場には観光バスも乗り付けており、多くの人々が買い物をしています。そして私は見つけました、あの「恋人フルーツ」を。直径10cm、高さ12~13cmほどのプラスチックの瓶に入っており、180元(約475円)とのこと、もう衝動買いでした。

6.      芒果冰

「芒果の郷」に来ているのですから、「マンゴーかき氷(芒果冰)」を食べない訳がありません。大変有名なお店だそうですが「芒果冰島」に連れて行っていただきました。右の写真をご覧ください。リンゴマンゴーの角切りを山盛りにし、その上にアイスクリームを乗せ、傍らに恋人フルーツをあしらって100元(約260円)です。最初に見た時には、こんなに食べられるかなぁ、と思いましたが、おしゃべりしているうちに平らげてしまいました。

7.      おわりに

恋人フルーツに誘われて「芒果の郷」玉井を訪ねてきました。マンゴーは目を楽しませ、舌を堪能させ、匂いも私を満足させてくれましたが、玉井はもう一つ、日本とのかかわりを印象付けてくれました。それは日本語のような名前とおよそ100年前に勃発したという抗日暴動事件です。

私は台湾で、数年前に「1895年」という映画、昨年は「賽 執��Γ顕俺�ぢ巴莱(セデック・バレ)」という映画を見ました。いずれも台湾における抗日事件を題材にしたもので、前者は清国が日本に割譲した台湾を接収する日本軍とそれに抵抗する客家(ハッカ)人の戦いを描いたもの、後者は1930年に発生したセデック族による抗日暴動事件、いわゆる「霧社事件」を描いたものでした。

この度の玉井訪問で私は、自らの土地、生活の場を外来政権から守るために、民族の大義に基づき命を賭して戦った先人が玉井にも居ることを知り、また大変な苦労の下、外来の品種を台湾在来の品種に取り入れ、次々と改良し、新しい品種を生み出す台湾の人々のたくましさを感じました。

加油台灣人!

(文責在傳田晴久)

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